院長ブログ

健康講座856 「2型糖尿病と末梢動脈疾患(Peripheral Artery Disease, PAD)を持つ人におけるリラグルチド(Liraglutide)の効果」





皆さんどうもこんにちは。内科クリニックです。

本日は、「2型糖尿病と末梢動脈疾患(Peripheral Artery Disease, PAD)を持つ人におけるリラグルチド(Liraglutide)の効果」に関する最新の臨床試験結果について、わかりやすく丁寧に解説していきます。
この記事では、難しい用語についてもその都度説明しながら進めますので、安心して読み進めてください。


はじめに:研究の背景

リラグルチド(Liraglutide)は、GLP-1受容体作動薬(Glucagon-Like Peptide-1 Receptor Agonist)と呼ばれる薬剤です。
この薬は、血糖を下げる効果だけでなく、心血管疾患のリスクを減らす効果もあることが知られています。
**2型糖尿病(Type 2 Diabetes, T2D)**は、インスリンの作用が不十分になることで高血糖が続く病気ですが、同時に血管にもダメージを与え、**末梢動脈疾患(PAD)**という血流障害を起こすことがよくあります。

PADとは、足や手など体の末端部分の血管が細くなったり詰まったりする病気で、重症化すると足の切断が必要になることもある怖い疾患です。
糖尿病患者さんでは、このPADが非常に多く、さらに治療も難しいという問題があります。

今回紹介する研究は、リラグルチドが「PADを持つ糖尿病患者さん」に対して、長期的にどのような効果をもたらすかを調べたものです。


研究の目的

もともと、STARDUST試験という6か月間の臨床試験で、リラグルチドが末梢の血流(血液の流れ)を改善することが報告されていました。
しかし、その効果が「長期間(1年以上)」続くかどうかは不明でした。

そこでこの研究では、**18か月(1年半)**という長い期間にわたって、リラグルチドの効果が持続するかどうかを確認するとともに、
「なぜリラグルチドが血流を良くするのか?」というメカニズム(仕組み)についても詳しく調べました。


研究の方法

この研究に参加したのは、2型糖尿病とPADを持つ55人の患者さんです。
彼らは無作為に2つのグループに分けられました。

  • リラグルチド群:リラグルチドを最大1.8mg/日まで投与

  • コントロール群:血圧や脂質異常症(コレステロールの異常)などを個別に管理するだけで、リラグルチドは使用しない

両グループとも、心血管リスク(心筋梗塞などのリスク)を下げるための基本的な治療は受けていますが、リラグルチドを使うかどうかが主な違いでした。

測定された主な項目

  1. TcPO₂(経皮酸素分圧)
    → 皮膚の上から酸素の量を測る検査です。血流が良くなると数値が上がります。

  2. 炎症マーカー(CRP, IL-6)
    → 血液中の炎症を示す物質です。これが減ると、血管の状態が良くなったと考えられます。

  3. 腎機能(尿中アルブミン・クレアチニン比)
    → 腎臓のダメージを評価する指標です。数値が下がるほど良い状態です。

  4. 血管新生(Angiogenesis)マーカー
    → 新しい血管を作る力を示す指標です。血管内皮前駆細胞(EPC)などを測定しました。


研究結果

1. TcPO₂(末梢の血流指標)

18か月後、リラグルチド群ではTcPO₂が平均10.9mmHg上昇しました。
これは、コントロール群(リラグルチドを使わなかったグループ)と比べて明らかに有意な改善でした(p<0.001)。

つまり、リラグルチドを使った人たちは、足などの末梢部の血流がしっかり改善していたのです。

2. 腎機能(尿中アルブミン・クレアチニン比)

リラグルチド群では、尿に出るアルブミン(タンパク質の一種)が減少し、腎臓の機能が改善しました。
具体的には、コントロール群に比べて約104 mg/g Crも減少しました(p=0.003)。

これにより、リラグルチドは腎臓にも良い影響を与える可能性が示されました。

3. 炎症マーカー(CRPとIL-6)

リラグルチド群では、炎症を示すC反応性タンパク(CRP)0.5mg/dL減少しました(p=0.002)。
また、炎症性サイトカインであるインターロイキン6(IL-6)32.6pg/mL減少しました(p=0.004)。

これらの結果から、リラグルチドは血管の炎症を抑える効果があると考えられます。

4. 血管新生(Angiogenesis)関連マーカー

リラグルチド群では、血液中の**血管内皮前駆細胞(EPC)**が増えていました。
具体的には、以下の細胞の数が増加していました。

  • CD34+細胞

  • CD133+細胞

  • KDR+細胞

  • CD34+/KDR+細胞

  • CD34+/CD133+/KDR+細胞

これらはすべて、「新しい血管を作る役割」を持つ細胞です。
また、血管を作るために重要な血管内皮成長因子A(VEGF-A)も、リラグルチド群では70.1pg/mL増加していました(p<0.001)。

つまり、リラグルチドは血管の修復や再生を促す作用を持つことが示されました。


結論

この研究から得られた結論は以下のとおりです。

  • リラグルチドは、2型糖尿病とPADを持つ人において、末梢血流を18か月間持続的に改善しました。

  • 同時に、炎症を抑える効果と**新しい血管を作る効果(血管新生)**が認められました。

  • また、腎機能の悪化を防ぐ可能性も示されました。

これらの結果は、単に血糖をコントロールするだけでなく、
リラグルチドが**血管全体を守る「血管保護作用」**を持つ薬であることを裏付けるものです。


まとめ

今回の臨床試験は、リラグルチドが単なる「血糖降下薬」ではないことを明確に示しました。
血糖コントロールに加え、末梢血流の改善、炎症の抑制、血管新生の促進、腎保護作用まで幅広いメリットが確認されています。

糖尿病に伴う血管合併症(例えばPAD)を防ぎたい、あるいは治療したい患者さんにとって、リラグルチドは非常に有望な選択肢となるかもしれません。

今後さらに大規模な臨床試験や、実臨床でのデータが積み重なれば、
リラグルチドの使い方がますます広がることが期待されます。