院長ブログ
2025.05.03 | お知らせ
健康講座854 「1型糖尿病(Type 1 Diabetes, T1D)を持つ人々における筋肉と骨の関係性」
皆さん、こんにちは。
今回は、2025年に『The Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism』に掲載された、Inge Agnete Gerlach Brandt氏らの研究をご紹介します。この研究は、「1型糖尿病(Type 1 Diabetes, T1D)を持つ人々における筋肉と骨の関係性」を明らかにすることを目的としたものです。
1型糖尿病とは、自己免疫反応などにより膵臓のインスリン分泌が失われてしまう疾患です。小児や思春期に発症することが多く、インスリン注射が生涯必要になります。長期にわたる糖尿病の影響は、心血管疾患や腎症、網膜症といった合併症のリスクだけでなく、骨や筋肉にも影響を及ぼす可能性が示唆されています。
一方で、「筋肉と骨は互いに影響し合っている」というのは、近年非常に注目されているテーマです。骨にかかる力(例えば運動などで生じる筋収縮の力)は、骨の形成や維持に不可欠です。逆に、骨の健康が損なわれると、筋肉の働きにも悪影響が出ます。このような「筋骨連関(muscle-bone crosstalk)」は、加齢や病気によって崩れる可能性があります。
そこで、今回の研究では、子どもの頃に1型糖尿病を発症した成人において、筋肉の量・筋力と骨の大きさ・密度・強さとの関連性を調べました。1型糖尿病の方に特有の変化があるのか、それとも一般人と同じように筋肉と骨が連動しているのかを調べたのです。
研究の概要
対象者と方法
この研究は、デンマーク人を対象とした横断研究で、次の2つのグループから構成されます。
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1型糖尿病のある人(111名):いずれも18歳未満で糖尿病を発症しており、成人となった現在の平均年齢は43.2歳、BMIは26.9 kg/m²。
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健康な対照群(37名):性別や年齢を糖尿病群に合わせた健常者。
主に次の3つの手法を使って、筋肉と骨の状態を評価しました。
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DXA(デュアルエネルギーX線吸収測定):体組成(特に脂肪・除脂肪体重)と骨密度(BMD)を測定する装置です。骨粗しょう症の検査にも使われます。
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握力測定:握力は全身の筋力の指標として用いられ、ダイナモメーターという機械で測定します。
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HR-pQCT(高解像度末梢定量的CT)とマイクロインデンテーション:骨の微細構造や素材としての強さ(Bone Material Strength Index: BMSi)を調べる先端的な技術です。
研究結果の要点
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筋肉量・筋力の比較
糖尿病群と対照群を比較したところ、
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総除脂肪体重(Lean Mass)、
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四肢の筋肉量(Appendicular Lean Mass)、
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握力(Grip Strength)
いずれも統計的に有意な差は認められませんでした(p = 0.41、0.75、0.52)。
つまり、1型糖尿病のある人も、そうでない人も、同程度の筋肉量と筋力を持っていたということです。
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骨の状態の比較
次に、骨密度(BMD)、骨の大きさ(皮質骨面積や外周)、骨の素材強度(BMSi)も比較されましたが、こちらもグループ間に有意差は見られませんでした(p > 0.05)。
この結果は意外かもしれません。というのも、これまでの研究では1型糖尿病のある人は骨折リスクが高く、骨が弱くなりやすいとされてきたからです。
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筋肉と骨の関連性(筋骨連関)
ここで重要なのは、「筋肉と骨の関連性を調べた分析」です。
糖尿病群内で解析を行うと、
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**ALM/身長²(除脂肪量を身長で割った指標)**が、大腿骨頸部(FN)と股関節全体(TH)のBMDと有意に相関していました(R² = 0.12および0.337)。
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握力も同様に、FN-BMDおよびTH-BMDと関連が見られました(R² = 0.104および0.137)。
これは、「筋肉量や筋力が高い人は、骨密度も高い傾向がある」ということを意味します。
さらに、興味深いのは、この関連性が健常者と比べて差がなかったということです。すなわち、1型糖尿病であっても、筋肉と骨との連携は保たれているという結果でした。
考察と意義
この研究の最大のポイントは、「1型糖尿病があっても、筋肉と骨の連携関係は保たれている」という点です。
一般的に、糖尿病は骨折リスクの増加、筋肉量の減少(サルコペニア)、体力低下などの要因と結びつけられがちですが、本研究ではそれを補強するような明確な異常は見られませんでした。
これは非常に前向きなメッセージです。
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若年期発症のT1D患者でも、筋肉量と骨密度の良好な関係が保たれていれば、
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適度な運動や筋力維持が、将来の骨粗鬆症や転倒・骨折の予防につながる可能性があります。
専門用語の補足
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除脂肪体重(Lean Mass):体脂肪を除いた体重。筋肉、内臓、骨、水分などが含まれます。
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Appendicular Lean Mass (ALM):四肢(腕と脚)の筋肉量。サルコペニアの診断に用いられることがあります。
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BMD(Bone Mineral Density):骨密度。低いと骨粗鬆症リスクが高まります。
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HR-pQCT:高解像度CTで骨の微細構造を可視化できる技術。臨床研究で活用されています。
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BMSi(Bone Material Strength Index):骨そのものの素材の強さを評価する指標で、マイクロインデンテーションという技術で測定されます。
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R²(決定係数):ある変数同士の関連の強さを示す統計指標。0~1で示され、数値が大きいほど強い関連があることを示します。
結論
この研究の結論は以下の通りです:
筋肉と骨の間の関係は、1型糖尿病があっても保たれている。したがって、筋力や筋肉量を保つことは、糖尿病の有無にかかわらず骨の健康維持にとって重要である。
1型糖尿病に関しては、これまでも多くの臓器への影響が議論されてきましたが、「筋骨連関」についての明確なエビデンスは限られていました。本研究はその空白を埋める重要な一歩といえるでしょう。
今後は、筋力トレーニングや運動療法が、糖尿病患者の骨健康にどれほど貢献できるのかを検証する臨床研究が期待されます。